小栗宗丹(おぐり そうたん、(不明)~(寛正5 又、文正元年とも))
号は助重、自牧
室町時代中期の画家。
常陸国小栗城主小栗満重の子とも伝えられるが正確には不明。
京都相国寺に入り、周文に師事。
そのほか牧渓、玉澗、夏哇ら当時の宋画人に私淑して独自の画風を構築。
また、足利義政から扶持を受け、室町殿(花御所)の増築の際絵師として参加。
周文没後はその後継者と言われた。
門下に狩野正信がいる。
印名は「宗丹」「主賀」など
小栗宗丹(おぐり そうたん、(不明)~(寛正5 又、文正元年とも))
号は助重、自牧
室町時代中期の画家。
常陸国小栗城主小栗満重の子とも伝えられるが正確には不明。
京都相国寺に入り、周文に師事。
そのほか牧渓、玉澗、夏哇ら当時の宋画人に私淑して独自の画風を構築。
また、足利義政から扶持を受け、室町殿(花御所)の増築の際絵師として参加。
周文没後はその後継者と言われた。
門下に狩野正信がいる。
印名は「宗丹」「主賀」など