曾我蕭白(そが しょうはく、1730年(享保15)~1782年(天明元))
京都出身。
正確な略歴などは解明されていないが、京都の商家の出身との説が有力で
初名を三浦暉雄と称しており、画風から、当時の狩野系画家高田敬輔が師であったとされている。
又、独自に中国の古画を研究、極彩色、墨画共に優れた花鳥、山水、人物画を残し、
顔貌描写にも優れ、大胆な筆使いの中に緻密な描線を混在させて画風を確立。
代表作に「寒山拾得図(重文指定)」「久米山人図屏風」「群仙図屏風」などを残している。
印名は「曾我氏」 「曾我暉雄」 「曾我師龍」 「師龍」 「蕭白」 「祐邨」 「鬼甲」 「虎道」 「蛇足軒蕭白」
「輝一」 「暉」 「鬼神斎」 「如鬼」 「鸞山」 「明雄」 など