梶田半古

梶田半古(かじた はんこ、1870年(明治3)~1917年(大正6))
東京都出身。本名は錠次郎、号は英州、半古。

父は金工家であったが、11歳の頃より四条派画家鍋田玉英に師事。
英州と号して日本画の画技を修得。その後、89年頃より半古と号して本格的に製作を開始。

91年、日本青年会画協会の設立に参加、95年には第4回内国勧業博覧会にて褒状を受賞する。
絵画共進会展に於いても98年、1902年、03年にいずれも銅牌を受賞。
07年の東京勧業博覧会でも2等賞を受賞。
またその間、98年には日本画会、99年には巽会の結成に参加。
08年にも国画玉成会に参加するなど各種団体の展覧会で活躍を示した。

その他、尾崎紅葉、小杉天外ら人気小説化の挿絵なども担当している。
よく古画や菊池容斎などの作品に私淑して有職故実や風俗画、人物画などを得意として
斬新な構図と高度な描写力で独自の画風を示し、門下には小林古径、前田青邨ら
後の巨匠とされる画家等を輩出している。

印名は「半古」 「半古之印」 「梶田半古」 「半古畫印」(「半古画印」)
「政」 「長宜子孫」 「梶田文庫」 「半古同好会章」

梶喜一

梶喜一 (かじきいち 明治37年(1904)11月7日~昭和55年(1980)2月14日 75才没)
京都市生まれ。都地華香・西村五雲・山口華楊に師事。

京都絵専卒。
鯉の名手として知られる。
日展特選、白寿賞受賞。日展初の審査員をつとめる。

鹿児島寿蔵

(かごしま じゅうぞう、1898年(明治31)~1982年(昭和57))
福岡県出身。

地元で博多人形師の有岡米次郎に学び、人形を製作。
1918年、上京し、本郷洋画研究所にてデッサンを習得。
東京田畑に窯を築いて、当時はテラコッタ(陶製人形)を主に製作。

奈良の神社・寺院を巡り、その塑像からヒントを得て、独自の人形製作を模索。
32年に「紙塑人形」として完成させた。
同年に野口光彦、堀柳女らと共に人形美術団体「甲戌会」を結成する。
翌8年、独自に「日本紙塑藝術研究所」を設立。人形藝術の発展に尽力。

戦後は1954年の日本工芸会の発足と共に正会員となる。
同会が主宰する日本伝統工芸展への出品や同会人形部会長、副理事長なども歴任。
人形界発展に功績を残し、61年に国指定重要無形文化財(人間国宝)に認定、
さらには64年に紫綬褒章を受章した。

また「アララギ派」の歌人としても著名で歌誌「潮汐」を創刊、
歌集に「魚鱗」「故郷の灯」などがあり、宮中歌会始選者にも選出されている。

落款名は「寿」「壽」「じゅぞう」など

鑑定人・鑑定機関

東美鑑定評価機構
〒105-0004 東京都港区新橋6-19-15
Tel:03-3432-0713

加倉井和夫

加倉井和夫(かくらい かずお、1919年(大正8)~1995年(平成7))
神奈川県横浜市出身。東京美術学校日本画科卒。

美術学校卒業後、1947年第3回日展にて初入選。以降入選を重ねる。
58年、61年に特選、63年に菊花賞を受賞。67年に会員に推挙。
この間、54年からは高山辰雄らと共にグループ展(一采社)にも参加。
57年より山口蓬春にも師事している。
1974年、日展内閣総理大臣賞、81年には前年の日展出品作「青苑」により日本芸術院賞を受賞、
同年に芸術院会員、90年に日展常務理事にそれぞれ就任。92年には勲三等瑞宝章を受章した。

風景、花鳥を中心に淡い色彩と確固たる描写力で自然界に内包する美を表現、
また、緊密な構成で詩情豊かな作品を残す。

印名は「和」「わ」など

海北友松

海北友松(かいほう ゆうしょう、1533年(天文2)~1615年(慶長20))
近江の人。師、狩野元信・狩野永徳。海北派の祖。

狩野派を学んだ後独自に宋、元の画風を研究。
装飾画様式を樹立。桃山期の大家として知られる。

当時の将軍豊臣秀吉、後陽成天皇らからも用命を受け、障壁画、屏風絵などを製作した。
画風は、花鳥、山水、人物などを主とし水墨、彩色ともに優れた。

代表作「雲龍図」が重文指定

印名は「海北」 「友松」 など

海北友雪

海北友雪(かいほう ゆうせつ、1598年(慶長3)~1677年(延宝5))
海北友松の長男。本名は道照、友雪

父の画風を受け継ぎ、装飾的画法を確立していく。
海北友松・狩野探幽に師事。
春日局の推挙により、徳川家光の愛顧を受ける。
さらに子、海北友竹も画業を受け継いでおり、海北派の存続に貢献。

印名は「海北」 「友雪」(「又又雪」) 「友雪斎」 「道暉」 など

小山田二郎

(おやまだじろう 1914~1991)

鑑定人・鑑定機関

日本洋画商協同組合鑑定登録委員会
〒104-0061 東京都中央区銀座6-3-2 ギャラリーセンタービル6階
TEL:03-3571-3402
http://www.yokyo.or.jp/jada/judge.html

文京アート
〒104-0042 東京都中央区入船1-3-9長﨑ビル9F
http://bunkyo-art.co.jp/index.html

小山硬

小山硬(おやま かたし、1934年(昭和9)~(現在))
熊本県出身。東京芸術大学日本画科卒。

熊本県宇土市に生まれるが、幼少時は満州にて過ごす。
戦後11才の頃に帰国、帰国後は山形県にて過ごすが中学時代より画家を志す。
東京芸大では日本画を専攻。卒業後は前田青邨に師事する。
1961年、第46回院展にて初入選。以降、院展を中心に出品を重ねる。
71年、第56回院展にて日本美術院賞・大観賞、78年63回院展美術院賞・大観賞、
81年66回展文部大臣賞、88年第73回展内閣総理大臣賞など院展を代表する画家として活躍。

1970年、春の院展春季展賞(そのほか奨励賞数回)、73年第2回山種美術館日本画大賞展にて
優秀賞などを受賞、また、68年より愛知県立大学日本画科助手、79年より同大学助教授、
81年より同校教授として後進の育成・指導にも尽力を注ぐ。

制作当初はキリスト教(隠れキリシタン)の信仰や伝統的文化を題材にした
天草シリーズを展開していたが、85年の訪中をきっかけに中国文化を題材にしたシリーズや、
日本の富士を題材にした作品を制作し岩彩による人物表現の巧さが特徴。

印名は「硬」「小山硬」など