(1745年~1774年)
長入の長男
1762年、八代吉左衞門を襲名
1770年、剃髪隠居して佐兵衞と号す 得入の名は没後25回忌の際に贈られたもの
若くして病死した為、作品数は少ない
(1745年~1774年)
長入の長男
1762年、八代吉左衞門を襲名
1770年、剃髪隠居して佐兵衞と号す 得入の名は没後25回忌の際に贈られたもの
若くして病死した為、作品数は少ない
(1714年~1770年)
左入の長男
1728年、七代吉左衞門を襲名
1762年、剃髪隠居 長入と号す
大らかな長入自身の人柄を表すような、たっぷりと大振り、厚造りで豊かな量感を持つ作風が特徴
(1685年~1739年)
宗入の娘、妙修の婿養子
1708年、六代吉左衞門を襲名
1728年、剃髪隠居して左入と号す
他家から迎え入れられた左入独自の、樂焼の伝統様式、光悦、他陶芸芸術の模作から
多くを吸収した作風が特徴的
(1640年~1696年)
三代道入の長男
道入の影響を受けた大らかな初期から、長次郎の伝統に根差す、侘を重んじる晩年へと作風の変化が見られる
黒釉に朱色の釉が混ざりあう「朱釉」(しゅぐすり)を完成させ、後世に大きな影響を残す
千家十職の一つ「土風炉・焼物師」であり、代々土風炉(どぶろ)、茶碗などを製作
・西村宗禅(初代)(?-1558年)
・西村宗善(2代)(?-1594年)
・西村宗全(3代)(?-1623年)
・西村宗雲(4代)(?-1654年)
・西村宗筌(5代)(?-1697年)
・西村宗貞(6代)(?-1741年)
・西村宗順(7代)(?-1744年)
・西村宗圓(8代)(?-1769年)
・西村宗巌(9代)(?-1779年)
・永樂了全(10代)(1770年-1841年)
・永樂保全(11代)(1795年-1855年)
・永樂和全(12代)(1822年-1896年)
・永樂回全(13代)-13代は二人
・永樂曲全(13代)-13代は二人
・永樂得全(14代)(1852年-1909年)
・永樂妙全-14代の室(1852年-1927年)
・永樂正全(15代)(1879年-1932年)
・永樂即全(16代)(1917年-1998年)
・永樂而全(17代)(1944年-)
・永樂善五郎(18代)